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東京地方裁判所 平成3年(合わ)100号 判決 1992年3月27日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成二年一月一六日午後七時ころ、東京都大田区羽田空港<番地略>所在の東京国際空港において、麻薬である塩酸コカイン約1.04グラム(<押収番号略>はその鑑定残量)及び大麻を含有する乾燥植物細片約9.49グラム(<押収番号略>はその鑑定残量)を隠匿携帯した上、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル国際空港に向け出航する中華航空第〇一八便(台北発東京経由ホノルル行き)の航空機内に持ち込み、同日午後七時四三分ころ、右ホノルル国際空港に向けて出発し、もって、麻薬及び大麻を輸出した。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

弁護人は、本件塩酸コカイン及び大麻を含有する乾燥植物細片(以下「本件薬物」ともいう。)は、いずれも被告人が中華航空第〇一八便(以下、「中華航空機」という。)搭乗時に同機内に持ち込んだものではなく、同機が東京国際空港を離陸した後の時点において、被告人が同機内で氏名不詳の男から譲り渡されたものであるから、本件薬物の輸出罪は成立せず無罪である旨主張し、被告人もその趣旨の供述をしているので、判断する。

一  まず、本件が捜査機関に発覚し被告人が検挙された経緯は、次のとおりである。

被告人は、平成二年一月一六日午後六時ころ、中華航空機でアメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市(以下、「ホノルル」という。)に出発するため、東京国際空港において同行者の知人と落ち合った上、同日午後七時ころ同機に搭乗した。同機は、同日午後七時四三分ころ、被告人を含め乗客二九五名及び乗務員二二名を乗せて同空港を離陸し、ホノルルにおける現地時間で同日午前七時ころ(以下、ホノルルでの日時はいずれも現地時間で示す。)、ホノルル国際空港に到着した。到着後、被告人は、中華航空ホノルル支店に空港接客係として勤務するガイブ・智子の案内で入国審査を受けて通過し、続いて税関検査を受けたが、同検査では所持金の計算に手間取るなどしていた。税関調査官らは、このような被告人の挙動に疑念を抱いて被告人を調査室に同行したところ、被告人がトイレに行きたいと訴えたため、その言動を怪しみ、被告人の服を軽く叩いて身体検査を行うと、左鼠径部に異物があることが判明した。すると被告人がいきなりトイレの方に駆け出したので、税関調査官らは、証拠湮滅を防ぐため、抵抗する被告人を取り押さえて手錠を掛け、その身体を捜索したところ、左鼠径部から茶色の布袋を発見した。更に税関調査官らは、同日午前七時一四分ころ、右布袋内から緑色草様の物質、白色粉末及びストローを発見し、予試験の結果、緑色草様の物質が大麻の陽性反応を、白色粉末がコカインの陽性反応をそれぞれ示したため、これらの物を押収し、同日午前七時四五分ころ、アメリカ合衆国関税庁特別調査官ジョン・ボージェス(以下、「ボージェス」という。)が被告人を麻薬所持違反の罪で逮捕した。その後、米国海軍捜査課法医科学研究室技官が右各押収物を鑑定し、緑色草様の物質は約9.49グラムの量で大麻が検出された旨、白色粉末は約1.04グラムの量でコカインが検出された旨、更にストローには少量の白色粉末が付着し、コカインが検出された旨の鑑定結果が得られた。なお、後日、警視庁科学捜査研究所において、右緑色草様の物質及び白色粉末の各一部並びに右ストローを鑑定したところ、緑色草様の物質は大麻を含有する旨、白色粉末は塩酸コカインである旨、ストローからコカイン塩が検出された旨の鑑定結果が得られた。

二  ところで、関係証拠によれば、ホノルル国際空港で中華航空機を降りてから税関調査官に本件薬物を発見されるまでの間に、被告人が本件薬物を入手する可能性はなかった事実が認められる。

そうすると、被告人が、本件薬物を入手したのは、同機搭乗前の時点すなわち日本国内においてか、あるいは同機内においてかのいずれかである。

この点につき、関係証拠によれば、被告人が、ホノルル国際空港において、同日午前八時三〇分ころからおよそ一時間程度、本件に関し前記ボージェスによる取調べを受けたことが認められるところ、右取調べに通訳として立ち会った前記ガイブ・智子は、取調官ボージェスと被告人との主なやり取りにつき、

ボージェス 「このマリファナとコカインは、どこで手に入れましたか。」

被告人 「日本です。名前は絶対に申し上げられませんが、日本を出発する前にある人から受け取りました。」

ボージェス 「どこで、どの様にして受け取りましたか。」

被告人 「事務所の外で、出発する日の午後三時半頃受け取りました。」

ボージェス 「あなたは麻薬関係で罪を犯したことがありますか。」

被告人 「イランに行った時、王様からみやげとしてアヘンのパイプを貰って家に置いてありましたのが、見つかって持って行かれました。」

ボージェス 「誰に持って行かれましたか。」

被告人 「警察に持って行かれました。」

ボージェス 「それは罪になりましたか。」

被告人 「なりませんでした。」

ボージェス 「このマリファナとコカインは、あなたのものに間違いありませんか。」

被告人 「はい、私のものに間違いありません、今度、出演予定の映画で、麻薬を吸う場面があるので、その経験のため、日本から持って来ました。」

また、被告人は、これらのやり取りの間、何度も「マスコミに知られることが一番困るので、何とか知られないようにして下さい。映画やビールの宣伝の契約も駄目になってしまう。大きな契約なんです。何とかマスコミにだけは知られないようにして下さい。知られたら、とても生きてはいられない。自殺しなければならない。この世に神があるなら、今回だけ神の御慈悲を。」などと言っていた。

そして、取調べの最後に、

ボージェス 「本部に行って、もう一度調べをしますが、その時でも弁護士を依頼できます。」

被告人 「知っている人もたくさんいるが、名刺も名簿も持ってきていないし、それにできる限りその人達にも知られたくない。」

ボージェス 「頼まなくとも私共の方でパブリックッディフェンダーをつけるので心配しないように。」

というやり取りがあった旨供述する(ガイブ・智子の司法警察員及び検察官に対する平成二年二月一二日付け各供述調書参照)。

その内容は具体的かつ詳細であり、また、同女は、日本で生まれ二五歳ころまで日本で暮らしており、日本語に通じているため、主に日本人客に対する日本語通訳サービスや案内の仕事に従事していたこと、同女は、取調官と被告人の間に通訳として介在したため、両者の言う内容をよく把握できる立場にあったこと、同女は、被告人に対し、その案内する客であるという以外には何ら利害関係を有せず、虚偽を述べる理由が存しないこと、更には、アメリカ合衆国財務省関税庁特別調査官作成の捜査報告書写し(<書証番号略>)にも、被告人がボージェスに対し、本件薬物は旅行に出発するに先立って友人からもらったものである旨説明したと記載されていることなどからすると、同女の右供述は十分信用できるものであって、その中に現れた取調官ボージェスと被告人の前記の問答は、実在のものであると認めることができる。

そうすると、被告人は、右取調べにおいて、本件薬物を日本で入手した旨自白していたことが認められる。

三  そこで、次にこの自白の信用性について検討する。

関係証拠によれば、右取調べの状況につき、以下の各事実を認めることができる。

1  ボージェスは、ガイブ・智子に対し、これから被告人が本件薬物を所持していた件で取調べを行う旨告げた上、その通訳を依頼し、前記のとおり、同女を介して被告人から事情を聴取したこと

2  被告人は、取調時には手錠を掛けられていなかったこと

3  取調べに先立ち、ボージェスは、被告人に、「あなたには二つの選択の自由があります。今の時点で何も話さずに弁護士を依頼しますか。それともこの時点で、私、ジョンに真実を話してくれますか。どちらにしますか。」と質問し、これに対し、被告人は、「はい、自分は弁護士はおおぜい知っていますが、今回の件は人に知られたくないので、弁護士なしで、あなたに真実を話します。」と答え、更にボージェスが、「それではこれからの質問は、正式に法的に扱われますので、真実を話す旨誓っていただきます。」と申し向けたのに対し、被告人が真実を話す旨誓い、その上でボージェスと被告人との間で前記のやり取りがなされたこと

これらによれば、右取調べにおける被告人の供述は、任意かつ自発的になされたと認めることができる。

四  また、証人佐藤勝也は、当公判廷において、大要、「本件当日午前一〇時ころ、ホノルル所在の税関事務所において、私は、当時在ホノルル日本国総領事館領事であったことから、逮捕された被告人に面会した。その折に本件薬物の入手先を問いただしたところ、被告人は、当初、日本国内で氏名不詳の友人から貰った旨答えたが、その後私に友達で名前を知らないというのはおかしいなどと追及されると、中華航空機内で氏名不詳の男から貰った旨答え、言い分を変えた。」と供述しているところ、その内容は具体的かつ詳細であり、被告人との会話内容やその際の被告人の態度に関する部分は、当時の状況を彷彿とさせるものであって迫真性に富み、これらに加え、証人岡本新治の当公判廷における供述及び同人作成の電話受聴取書によれば、日本時間の平成二年一月一七日午前一〇時四〇分ころ(佐藤勝也の証言によると、現地時間で同月一六日午後三時半ころ)、佐藤から警察庁刑事局国際刑事課に国際電話が入り、本件薬物を日本国内で氏名不詳の友人から入手した旨被告人から聴取したとの報告があった事実が認められ、この事実は佐藤の右供述を裏付けていることなどに照らすと、同人の供述は十分信用することができる。

これに対し、弁護人は、佐藤が、弁護人との面接時に、被告人から本件薬物を日本で入手した旨聴取していた事実に全く言及しなかったことを指摘し、佐藤の当公判廷における供述は虚偽であると主張する。確かに弁護人が指摘する事実は認められるものの、この点につき佐藤は、当公判廷において、敢えて弁護人に明らかにしなかったことを認めた上で、その理由につき、右面接時には警察官の立場にあったため、同僚の捜査に支障を来すようなことは避けた方が良いと思ったからである旨述べているところ、右の理由には、同人の心理としては一応納得できるものがあるといえる上、前述のように佐藤が被告人と面会した日の午後に警察庁刑事局国際刑事課に被告人が本件薬物を日本で入手したと述べた旨の電話を入れていることからすると、弁護人の指摘する事実をもって、佐藤の供述の信用性を弾劾することはできない。

そうすると、被告人は、ホノルル国際空港で逮捕された直後の取調官ボージェスの取調べに対してだけではなく、右取調後間もない佐藤領事との面会においても本件薬物を日本で入手した旨述べていることが認められ、かかる事実は、ボージェスに対する前記自白の信用性を裏付けるものである。

加えて、被告人は、ボージェスの取調べに対し本件薬物を日本から持って来たと述べたことにつき、捜査当初においてはガイブ・智子からのアドバイスがあってそう述べた旨供述していたが(被告人の検察官に対する平成三年五月二三日付け及び同月三〇日付け各供述調書)、その後同女からアドバイスを受けたというのは勘違いであり、アドバイスは受けていないと訂正し(被告人の検察官に対する平成三年六月九日付け供述調書)、当公判廷では日本から持って来たと言ったほうがいいとのアドバイスをガイブ・智子から受けたと思っているが、智子がそう言っていないのであれば、同女が違うことを言うはずがないし、同女に迷惑をかけたくないから訂正したのである、自分で判断して日本から持って来たと言ったのかも知れないなどと述べており、その供述自体変転しており、かつ、公判廷では、乗客が足止めをくうから日本から持って来たと言ったほうがよいとのアドバイスもガイブ・智子から受けたと思うと述べているのであって、この点捜査段階の供述とも異なっており、被告人の言うアドバイスの内容自体にも曖昧なところがある。また、被告人は、日本から持って来たと述べた理由として、自分が飛行機の中で貰ったと言えば、他の乗客が足止めをくい迷惑がかかると思ったということをあげているが、この点についても、捜査段階では、当時他の乗客のことを考える余裕はなかった、迷惑をかけると思ったことについてはうまく説明できないなどと(被告人の検察官に対する平成三年六月二日付け供述調書)不合理な供述をしている。このように、被告人の弁解は、それ自体信用性が乏しい上、ボージェスの取調後間もない時期における佐藤領事の面会の際にも、前記のとおり被告人は当初日本から持って来た旨述べ、同領事から追及されて初めて中華航空機内で貰ったと言い出したという供述の経過、更にはガイブ・智子がアドバイスをしていないと供述していることをも考慮すると、被告人の日本から持って来たとの自白は、ガイブ・智子のアドバイスや他の乗客への迷惑を考えた結果からとは認められず、やはり被告人の任意かつ真意に基づいてなされたものと認めるのが相当である。

弁護人は、ガイブ・智子の供述中に、被告人が「今度撮る映画の中で、麻薬を使うシーンがあり、それを経験するために日本から持って来た。」と語ったとされている部分があるが、被告人にそのような予定はなく、また、被告人は麻薬を経験したことがあるからその必要性もないのであって、被告人がこのような嘘を述べたのは、その場を早く逃れようとしてのことであり、このことからしても日本から持って来たとの被告人の供述は虚偽であると主張する。

確かに、被告人が映画のため麻薬の経験をする必要がないことは弁護人の言うとおりであるが、被告人が右のようなことを述べたのは自己の刑責を軽くするためとも考えられるのであって、このような供述をしたからといって、これまで検討してきたところに照らすと、被告人の前記自白の信用性に疑問を差し挟むものではない。

以上のことからすれば、被告人がボージェスに対してした日本から本件薬物を持って来たとの自白の信用性は高度なものといえる。

五  次いで、被告人が中華航空機の乗客あるいは乗務員から同機内において本件薬物を入手していないと認められるかどうかについて検討を加える。

被告人以外の乗客及び乗務員の各供述調書によると、捜査機関の事情聴取に応じた乗客及び乗務員は、あるいは被告人を全く知らない旨、あるいは被告人を見知ってはいるものの、同機に乗り合わせた事実を知らない旨、あるいは被告人を見知っておりかつ同機に乗り合わせたことに気付いていたものの、薬物を渡したことはない旨の供述をしている者ばかりであり、このことからすると、同機内で被告人に本件薬物を渡した者は存在しないと認めることができそうである。

しかしながら、供述を拒否するなどして未だに供述を得られていない乗客もおり、また、仮に、既に供述を得られた乗客等の中に譲渡人が存在していたとしても、この者が譲渡の事実をありのままに供述しない可能性もあり得ることは、弁護人の指摘するとおりである。

そこで、乗客及び乗務員の各供述を更に検討するに、まず、乗務員らの供述によれば、ビジネスクラスの乗客がエコノミークラスに出入りするのは可能であるが、エコノミークラスの乗客がビジネスクラスに入ることは原則としてできないことになっており、エコノミークラスの乗客がビジネスクラスに入ろうとする場合には、乗務員が用件を聞き、ビジネスクラスに知り合いがいるなど特別な事情があるときだけ入るのを許可していること、乗務員らが確認している範囲では、ビジネスクラスからエコノミークラスへ行った乗客は存在しなかったことが認められる。そして、被告人はファーストクラスにあるトイレ周辺で本件薬物を入手したと供述しているから、エコノミークラスの乗客が被告人と接触する可能性は少ないといえる。次に、乗客らの供述その他関係証拠によれぱ、同機のビジネスクラスのうち、二階部分のアッパーデッキには三人の日本人女性が、一階部分には、被告人の外、日本人男子八名、同女子四名、外国人男子一名、同女子三名がそれぞれ搭乗していたが、被告人の同行者を除いては被告人と面識のある者は見当たらない上、薬物等に親和性を持ち、当時本件薬物を所持していたとの疑いを抱かせる者は見出せないのであって、被告人の同行者についても薬物の入手可能性や薬物依存性を疑う余地がないことは明らかである。更に、乗務員二二名についても、薬物に親和性を有し、被告人に薬物を譲り渡す者がいたとは認められないのである。

これらのことからすると、結局、被告人以外の同機の乗客及び乗務員らが被告人に本件薬物を手渡す可能性はほとんどないと認めることができる。

加えて被告人は、当公判廷において、前記のとおり、同機内で本件薬物を氏名不詳の男から貰った旨弁解するが、その内容において、本件薬物を手渡された場所についても、トイレ横の通路側と述べてみたり、トイレの扉を開けようとしているときであると述べたり、その時の状況及び被告人の体勢についても、すれちがいざまというものからトイレの扉を開けようとして前かがみになっているときと変わるなどしており、更には譲渡人の年齢及び特徴等多岐にわたり、供述の都度食い違いが見られると言えるほど変遷していて、被告人自身も機内で本件薬物をプレゼントされたことにつき、自分の話が変である、世間の人は信じないと思うなどと述べているのであって、これらの事情のほか、機内で貰ったと言い始めたのが佐藤領事による追及後であることをも併せ考えると、当時被告人が精神安定剤を服用していたことを考慮しても、被告人の弁解は到底信用できないと言わなければならない。

六  なお、弁護人は、本件薬物の日本での入手先も中華航空機内への持ち込みの態様も明らかになっていないし、東京国際空港においては、搭乗時に乗客の機内持ち込み荷物の開披検査等が実施されるのであるから、本件前に海外旅行の経験を有し、かかる検査の存在を認識していた被告人が、右検査により発覚する可能性があるにもかかわらず、法禁物である本件薬物を搭乗時に携帯するなどということは不自然である旨主張する。

確かに、入手先や機内への持ち込みの態様は明らかにされていないが、このことから直ちに日本から輸出したものでないと言うことはできないし、司法警察員作成の「確認捜査報告書」(<書証番号略>)「事情聴取結果報告書」(<書証番号略>)、「捜査報告書」(<書証番号略>)、宮本芳則の司法警察員に対する供述調書及び被告人の当公判廷における供述並びに前掲の押収してある塩酸コカイン、大麻草片、布袋各一袋、ストロー一本によれば、本件当時東京国際空港における中華航空の機内持込荷物の検査においては、X線検査装置を使用しておらず荷物の開披検査をしていたとする証拠(確認捜査報告書、<書証番号略>)とX線検査装置を使用していたとする証拠(捜査報告書、<書証番号略>)とがあって、いずれが事実か判然としないが、いずれにせよこの検査は、ハイジャック防止のため爆発物や凶器等の存在の有無を中心に行われるものであって、それ以外の物については余り厳格な検査をしていなかったことが窺われるし、また、X線検査では薬物の発見は難しいこと、更に出国時の税関検査では、不審な人物の携帯品を除いて通常は検査が省略されており、被告人に対しても検査を行っていなかったことが認められるから、結局、本件薬物を持込荷物として機内に持ち込むことは可能であると認められるので、弁護人の主張は前記ボージェスに対する被告人の自白の信用性に影響を及ぼすものとはいえない。

七 以上検討したように、ホノルルでボージェスに本件薬物は日本から持って来たと述べた被告人の自白は、十分信用できるものといえ、この自白とこれを補強する前掲の各証拠によって判示の事実を認定することができる。

(法令の適用)

罰条

麻薬の輸出につき 平成二年法律第三三号(麻薬取締法等の一部を改正する法律)附則五条により同法による改正前の麻薬取締法六五条一項、一七条

大麻の輸出につき 右法律第三三号附則五条により同法による改正前の大麻取締法二四条二号、四条一号

観念的競合 刑法五四条一項前段、一〇条重い麻薬輸出の罪の刑で処断

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人がコカインと大麻を隠し持って羽田空港からホノルル行きの航空機に搭乗してこれを輸出したところ、ホノルル到着時の税関検査により犯行が発覚した事案である。昨今、コカインや大麻等薬物のもたらす害悪は誰もが知るところであり、薬物事犯の根絶が社会的に強く要請されているにもかかわらず、海外にまで薬物を持ち出した被告人の犯行は、周囲の者への配慮に欠け、また、他への影響を顧みない自己中心的かつ反社会的なものと言うほかない。更に、被告人には長期間にわたる薬物の使用歴がある上、本件犯行後も薬物を使用していたと認められることなどからすると、被告人の薬物に依存し慣れ親しむ傾向は強いものがあり、本件もその常習性のあらわれであることが窺われるのであって、被告人の規範意識の乏しさは強く非難されなければならない。しかも、被告人は、前記のとおり本件に関し不合理な弁解を繰り返して真摯な反省の態度が認められないのであって、この点をも併せ考えると、被告人の刑事責任は重いと言え、この際実刑に処すべきであるとの考えも十分あり得るところである。

しかしながら、輸出した大麻及びコカインは比較的少量であり、薬物と共にコカイン吸引用と思われるストローが布袋の中に入れられていたことなどからすると、これらの薬物は被告人が自ら使用する目的で航空機内に持ち込んだと推測でき、他に譲渡するなど薬物の害悪を拡散させるものではないといえること、別罪とはいえ、本件コカインの所持により、アメリカ合衆国において罰金一〇〇〇ドルに処せられていること、これまで前科がなく、一件存する前歴も相当年数を経たものであること、自業自得とはいえ、本件により映画やコマーシャルの仕事を失い、また映画人としての活動を自粛してきたこと、今後は一切薬物に手を出さない旨述べていることなど、被告人のため斟酌すべき事情もある。

そこで、これら一切の事情を総合考慮し、今回に限り自力更生の機会を与えることとし、主文の量刑をした。

(裁判長裁判官大野市太郎 裁判官栃木力 裁判官小林豊は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官大野市太郎)

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